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日置先生。
f0177373_22224583.jpg紬織りで初めて人間国宝になっ
た故・宗廣力三氏の右腕の職人
だったのが日置先生で。
彼の力なくして大師匠の仕事は
語れない、知る人ぞ知る御仁。
iwasakiが紬を学んだ学校の
先生方は、宗廣力三氏の愛弟
子たちでしたので、先生方も
大師匠の次に頼りにしていたの
が日置先生でした。
学校には当時、8つの藍甕があ
り、藍の具合が良くないと聞け
ば郡上八幡の隣町の大和から、
年季のいったトヨタのカリブで
すっ飛んで駆けつけてくれる・・
藍にも先生方にも、生徒であった
私たちにも・・無償の愛を注いで
くださった方。
大師匠が足柄に工房を移してから、日置先生は郡上紬を退職されてご自身で藍を種から育ててすくもを作り、藍を建て
実に伸びやかで力強い、絞り染めの作品を制作されていました。
また、仏教に造詣の深い日置先生は、羅漢さんや観音様、野の仏さんの墨絵を描かれたりと・・学生だった私(エツコ)は夏休みに泊り込みで藍建てについて個人的に教えていただりもしまして。
優しい奥様に、娘のように接していただいたのを今もはっきり覚えています。
卒業してからもずっと、先生と奥様にはお世話になって・・私たちが始めてギャラリー工さんで個展をひらいたときには
郡上から、はるばるお二人でいらしてくださった・・その3年後から奥様がご病気になって、11年。
この数年、日置先生は藍をつくることも建てることも、もちろん染めることも全て封印されて介護に専念されて。
今年のお盆に、子供たち孫たちみんなに見送られて旅立った・・とお便りと来年の手描きの暦と共にいただき
クニヒサと二人、日置先生に会いに行かずにはいられませんで。
昨日、何年ぶりなんだろう・・先生のお宅にお線香をあげに行かせていただきました。会って話をするだけなんだけど、
子供たちが学校から帰って留守番させるしかないから、ほんの2時間ほどなのに・・・日置先生に会えてヨカッタ!
郡上に行けてヨカッタ!私たち、この仕事続けててヨカッタ!・・まだまだ教えていただきたいコト山ほどアリマス。
これからは日置先生にもう一度、制作活動を始めて欲しい・・・と心から願って。
by senshoku-iwasaki | 2011-11-19 23:12 | いわさきのつながり
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