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増孝商店の場所は・・・元東京高等工業学校跡地だった偶然。
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昨年春に、23年ぶりに訪れた・・静岡市立芹沢銈介美術館。
そのときの企画が『静岡が誇る「たからばこ」』、次に伺ったのは秋、そのときは『蒐集家・芹沢銈介』
で、会期中のイベントでこちらの付属施設の芹沢銈介の家の普段は非公開の2階を見せていただいて。
そしてお正月から・・・芹沢銈介生誕120年記念展ということで、『柳宗悦と芹沢銈介』ときたものだから!
3回ともしっかりと拝見させていただいて。
美術館のスタンプカードも3つ揃って、特製ファイルまで頂きまして私(エツコ)ご満悦(笑)。

繁々と・・・。久しぶりに芹澤さんの歴史を眺めてみますと。
1916年に東京高等工業学校(現・東京工業大学)図案科卒業とのことで。
んー。この学校、濱田庄司や河井寛次郎もたしか・・・同じような頃こちらの窯業科を卒業されてたはず・・・。
「ん!?この学校って!?」私。
「蔵前の、『増孝商店』向かいの第六天・榊神社の場所にあったらしいんですよ。看板ありました。」クニヒサ。
「だよね~!。ってコトは・・・増孝商店の前の道を、この御三方も歩いたりした!?」私。
「小錦関は現役時代(蔵前国技館がスグだったので)よく歩いているのを見ましたけど。」クニヒサ。
なーんて話をしていたところ・・・。
当時の絵葉書が手に入りまして。なんと、紡織科もあった大きな学校の様子。

「関東大震災で倒壊して・・・今の東京工業大学の場所に移ったって、看板に書いてあったじゃん。
榊神社の敷地だけじゃ・・・ないよねぇ?」私。
「エツコさーん!大変なコトがわかりました!!増孝商店は東京高等工業学校内にありました!」クニヒサ。
「えぇ~っ!!紡織科や、芹澤さんのいた図案科の場所とかだったらイイのになぁ・・・。」私。
「それはどうでしょうかねぇ・・・。トイレだったかもですよ(笑)。」クニヒサ。

『増孝商店』は、昭和になってから祖父があの地で玩具問屋として創業したお店です。
昨年からiwasakiのシーズンショップとなりました。
この春は、3月26日~4月1日まで。
もしかしたら100年くらい前・・・若かりし芹沢銈介や、濱田庄司、河井寛次郎もカランコロンと下駄で
歩いていたかもしれない(笑)『増孝商店』にお出かけ下さーい!!
by senshoku-iwasaki | 2015-03-19 22:12 | 増孝商店 KM
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