カテゴリ:骨子・背景( 28 )
EVOLUTION
工さんの搬入に向けて 荷造り中。
ekkaのほかに、iwasakiの織物が並びます。
今年で12年目なんですが、
芸風は 変わらない・・・。
なんにも 変わっていないようで、
どことなく 進化 しているのかなぁ・・・?
シテイル シテイル 多分 きっと。

「12年ぶりに復活」のFLYINGKIDSの「EVOLUTION」というアルバムを聴きながら
やっぱり 芸風は 変わらないんだなぁ・・・。
でも 進化しているなぁ。
と しみじみ。

iwasakiのコンセプトは 「自家織物」。
それは 最初っから そして多分 私たちが死ぬまで。
ストールも 着尺も 帯も ブランケットも ドンザも。
ものすごく 自由なキモチで
シンプルで 夢があって 実になんてことのない、織物を。

ファンクでロックでソウルフルでもありたいなぁ・・・。
by senshoku-iwasaki | 2009-12-01 20:11 | 骨子・背景
「変わらない」と思っていても「変わっているかも」と疑問に思うことは「変わらない」。
毎年恒例の、「今年の漢字」。
清水寺の偉いお坊さんが ず、ずずいーっと書くアレです。
今年は、「変」でしたが・・・。
こんな仕事を 仕事にしたいと思い続けてきた私。
未だに胸を張って「これが私の仕事ですっ!」と言えるほどにはなってませんが。

私にとっての 織物づくりは、「変わらない」の象徴のようなものでして。

人は人でいる限り、気持ちも好みも、もしかしたら倫理まで変わってしまうのかもしれません。

が、

「美しいなぁ。キレイだなぁ。なんかイイなぁ。」は、ずっと「変わらない」でいて。

6歳と4歳のチビッコたちにイライラしつつ・・この子たちと大して変わらない脳ミソで これからも
私、「変わらない」にこだわってみたいと思います。
by senshoku-iwasaki | 2008-12-15 20:29 | 骨子・背景
さいごのころも
今年の春、父が死んだ。

大酒呑みで、会社帰りでも呑みたくて、40年間 往復10キロちかい職場まで自転車で通勤していた父・・・
「シラフのときがほとんどなかったので、間違ってお前が生まれた」と子供のころから母に言われて、ほんとにそうなのかも?と、ミョーに納得して育った私。

私には、9歳と6歳上の兄が二人いるのだけど。

子供の頃から音楽好きな長兄は、10代でインド音楽にはまり・・・インド、パキスタン、アフガニスタン、バングラデッシュ・・・仕事のかたわら、さまざまな国をめぐりながら・・アマの民族音の奏者をしています。
さすが長男!「大好きなことは仕事にすると、大好きでいられなくなる」
と・・たしか高校生のときに言っていたのを覚えています。

んで、もう一人の兄は、大学時代に能楽研究部からすっかり能に魅せらて・・・そのままお能の
世界に入ってしまって、今は 観世流の能楽師になっておりまして。

死生観。
こればっかりは、本当に人によってぜーんぜん違うものでして。
私の父は多分、どうでもよいというか・・・全く考えてなかったといったんじゃないかしら!?
その辺り、とても私は父に似ている気がします。

貧しい国の、仏教を目の当たりに見てきた長兄は、日本の葬式仏教がどうも・・・?で。
かたや、死後の世界のお話のなかで役者をしている次兄にとっては、死んだあとに人は仏の弟子になるのだから、ちゃんと信頼できるお上人さまに弔ってもらい、良い戒名をつけていだだくことが大切なのだと・・。両者一歩も引かず・・・で、見かねた母が双方の間をとったかたちのお葬式となりまして。
まずは葬祭場で家族だけでお別れをして・・。

そのときの父の死装束・・・。これがイタダケナカッタ・・・。
ペラペラのシルクサテンのような(多分、シルクじゃない)着物。
高校出てすぐ、「大学あきらめて、織物の学校行くことに決めた!」なーんて抜かして郡上にいって仕送ってもらっていた私。その4年後には夫と結婚してしまったので、実家ではちょっと影の薄い私でしたので、葬式のスタイルに口出しする気はありませんでした。・・・が、父の最期の衣は、私が織るべきだったと猛省しました。

この数年、ずっとあたためてきた「墨灰色~乳灰色」の紬と帯の展開。
ようやく この冬くらいから作りはじめられそうです。
織物屋だから、ただの無地じゃつまんない。無地なんだけど、無地じゃない無地。
白でも白じゃない白。

まるで灰のような・・・。
by senshoku-iwasaki | 2008-09-18 21:59 | 骨子・背景
利休 カンドウ 2
もう、20年も前のことになってしまった・・・。
私は 郡上八幡というところで紬を勉強しまして。
18歳の私が、初めて郡上のまちの人とお話したのが齋藤さん。
齋藤家は、由緒正しき郡上の名家でして、確か今14代前のご先祖さまが
当時の郡上のお殿様と一緒に、茶人としてやってきたとのことで。
代々齋藤家に伝わる、お茶道具の数々を美術館として展示しています。
郡上のメイン通り、新町にある齋藤家は、表の格子戸も美しくて・・・。
ポカーンと口をあけて・・(きっと、バカ丸出しで)自転車を押しながら眺め歩き・・
齋藤美術館」の看板に、掃除をしていたオジサンに「入り口はどちらですか?」とたずねたのが
きっかけで・・・。気がついたら、齋藤さんのお屋敷の中でお抹茶をいただいておりました。
そのオジサンこそ、齋藤さんのご主人でして。以来、郡上の学校にいた2年半、私は
「齋藤美術館」で、アルバイトさせてもらっていたのですけど。
家族のようにかわいがってもらって、いまでも大切にしていただいています・・。

私はそれまで・・・茶事なんて全く知りませんでした。
でも、齋藤家のお道具のひとつひとつが、なんか違うのはド素人でもわかりまして・・
ホンモノとかニセモノとかは、鑑定士が知るところのものだけど。
気が入っている、というのかしら。
たとえば、全然高価そうに見えないものにも・・しみじみと豊かさを感じるような・・・。
私にとって、もう一人の母、齋藤さんの奥さんが
「茶事は深~いんなぁ。利休さんはスゴイわぁ。炭に火をおこすような下ごしらえこそ肝心やと。
あんたが今、勉強しとる織りもんもきっとそうやろ。ナマカワしとったらダシカンでぇ。」


今日からやっと、Kさんのコート地を織り始めました。
先週、このコート地の経糸を準備するのに、夫はまだ帯地を織っている途中。
仕方なく(!?)私が、久し振りに経糸をグルグル・・・。
調子よく手早くグルグルするためには、糸のカセをキレイにパンパンとはたきまして・・・
糸の綾を乱さぬよう、ゴコウに丸くキレイにかけ・・・
おぉ~。なんか一つ一つ美しいわぁ~!
すぅーと難なく糸が巻けると、キモチの良い作業なのですが、ひっかっかってばかりだと
ものすごく時間のかかる作業。
イライラは禁物。
「よいオテマエでした」と自分に言えるように、下ごしらえにも気合を入れたいと思ってます。
あらためて・・・・。
by senshoku-iwasaki | 2008-09-09 20:47 | 骨子・背景
利休 カンドウ
先日工房にいらしてくれたMさん。
iwasakiの着尺のサンプルから、豆格子や微塵格子などを手にとられ・・・。
「利休間道みたいな感じ、お作りになられますか?」
「・・・・利休間道!?お恥ずかしい・・・。ゴメンナサイ。どんなんデスカ?」
なんて聞いてしまいました。
間道、というと、どうしても高密度な帯地のようなものを勝手に想像してしまい・・・。
Mさんは、おだやかに・・・
「もともとは、木綿だそうです。縹色の木綿地に白のちいさな格子なんですが・・・。」
格子と聞き・・工房にある載っていそうな本をパラパラとめくったものの判らず。後にMさんが
メールに写真を添付して送ってくださり・・・それはどこかで見た記憶。
ありました。ありました。
「名物裂」という、(古本でしか買えなかった!?)我が家の豪華本のなかに。
ウチにあるのは、昭和41年に淡交新社から出版されたもの。解説は、守田公夫さんという方。

う~ん。なんかスゴイことが書いてある・・・。
なんでも、天下の大名物といわれた松屋肩衝茶入に、珠光は緞子、織部も遠州も緞子裂を
選んで袋に仕立てたが、利休は木綿の格子を選んだと・・・。
(細かい解説が続いたあとに)
当時の木綿は大変貴重なもので、もちろん舶載品であるが、この間道裂は16世紀ころの制作で、南方産であろう。
とあり・・・・。更にしめくくりは、
茶道の大成者といわれる千利休、それだけに「利休好み」と称されるものは多い。そのいずれも
なんらかの形において利休の茶道理念の具体化したものといえよう。この間道裂もその一つで
くらさのない渋み誇示性をもたぬこの裂に、侘びの風体の表現を見出したのかもしれない。 
     
・・・なるほどぉ~。
日本ではまだ、木綿はつくられていなかったから貴重品とはいえ、金襴緞子じゃなくて
「なんてことはない」格子だったのか・・・。もしかしたら、舶来品のなにかお宝を保護のために
くるんできた布だったりして・・・。と思うくらい、なんてことないなかに、なんともいえない
なんてことを感じる、自家織物にピッタシの織物です。
利休・・・。感動。
by senshoku-iwasaki | 2008-09-04 20:44 | 骨子・背景
きものは いきもの。
今日、工房に 東京と名古屋からお客さまがみえました。お二方とも大変キモノがお好きな方で 色々なことやモノを 見て ふれて 知っていらっしゃるので 私どもも 伺えるお話がとても参考になりました。 

「なるほど、なるほど」

「そうか!なるほど~。」
iwasakiスイッチのぼたんがON。

「あっ!それで良いんダァ。」

「それっ! つくりましょう!」

「この方向でOKなんだ。」

        ・
        ・
        ・
        ・

iwasakiのつくる織物は、タンスの肥やしになるような、立派なものじゃないので・・・。

自家織物の良さは、日々着て、楽しんで、着倒すことにあると思っています。

まさに、そんなふうに思って実に楽しんでいるお二人に、いっぱい力を頂きました。

キモノもイキモノ。
生の意見を活かして、いつも鮮度の良い iwasaki を目指します。
by senshoku-iwasaki | 2008-09-01 22:00 | 骨子・背景
・・・の中間。グレー礼賛!?
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昔から、「百鼠二百茶」という言葉があります。
iwasakiでも 植物を煮出して絹糸を染めますが、煮出した染液はたいてい黄色から茶色。
灰汁や明礬といった、アルカリ媒染で本来の黄色から茶が染まり、おはぐろなどの鉄媒染で
グレーになります。
百鼠。ほんとに、染める度 違うその色はどれも魅力的。
温かみのある赤味の強いグレーも、知的でクールな青味のグレーも。
・・・の中間という感じが、どうやら私達は好きなのだということに最近気がつきました。
植物染めだけにコダワッテル訳でもなく、じゃぁどうして枝を刻んで、煮出して・・・こんなことしてるのかなぁ・・?時間もかかるし、思いどおりの色には決してならないのに・・・。

デキル人といわれる人たちは、オンとオフの使い分けが上手だと。
・・・これが、iwasaki、夫婦揃ってオンもオフも使い分けられません。
日曜日にどこか出かけたからといって、気分転換でリフレッシュ!みたいなこともないし。
私自身、中学くらいから「勉強も部活も、それぞれ一生懸命!」みたいな、爽やかさんとは無縁でしたが・・・。それにしても、夫。
「私はねぇ・・月曜から金曜。そして半ドンの土曜。で、日曜。という、一週間にどうも違和感を感じまして、中学はほとんど行かなかったなぁ・・・。」
「えっ!?行かなかったってどうしてたん?」と私。
「うーん・・・。ほとんど、ウチに。自分の部屋かな・・・」平静な夫。
「いっ!?それは、もしかして・・・『引きこもり』とか『不登校』と言われるヤツでは・・!?」
「あー、そうかな・・・。そのころはそんな言葉もなかったけどね、一応 病気もしてたのよ。ハハハ・・・」
ハハハじゃないよー。
このごろ ものすごく夫に似てきた息子。来年から小学校なので、急に不安になり・・・。
「ちょっと~!あーた、保育園どうなの?楽しい?」
最近、一人オセロにハマッっている息子は、オセロに向かいながら・・・
「うーん・・・。めちゃくちゃ楽しいかっていうと、そんなこともないんだけど。じゃ、めちゃくちゃつまんないかっていうと、そんなこともないから。まぁ、ふつうかな」
なんともグレーなお答え。
「プププー(笑)。アイツらしい言い回し。」夫。
アイツらしいって・・・あーただってば。もっと、6歳らしい発言をせい!
「あー。んもう!かぁたんが変なこと聞くから、白が勝っちゃったじゃんよ~!」
「白が勝っちゃったって・・。一人オセロ面白いの?」
「うーん。だれかとやるよりかはつまんないけど・・・・」
出たっ!この特有の言い回し・・・まったく、なんとかなんないのかしら!?と思っていたら・・・。
「白にも勝たせない、黒にも勝たせない、ちょうど引き分けにするのが難しくて、面白い・・かな」
ムムムッ・・・。
グレー道、奥深し。
それにしても、来年から始まる長い学校生活。
息子よ、どうか・・・日曜と月曜の間に違和感を感じても、違和感を感じながら学校には行ってくれ。
そしてお父さんのような、立派な鼠男になるならなってくれ。時々母の言うことも聞いてくれ。頼みマス。
by senshoku-iwasaki | 2008-08-29 20:28 | 骨子・背景
グレーな感じ
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電気を送る二本の線。
白い碍子と黒い梁のコントラストと平行に並ぶラインが気に入っており、
ここだけ 昔のまま残しています。

「ここは残す、ここは変える。」
は、残すと変えるの中間にあるものをどうするかがむずかしい。
iwasakiは、中間のものは・・・・残します。・・・いや・・・どうしようか、変えようか。
ぱっと電気が走り明かりがついた時、判断。
っとは、なかなかいきません。
が、そんな白でもない黒でもない・・・グレーな感じでとどまっている風
嫌いではありません。
by senshoku-iwasaki | 2008-08-17 09:51 | 骨子・背景