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兄の能舞台のお知らせ。
先日、私(エツコ)の兄のところより届いたチラシ・・・。
兄は観世流の能楽師をしております。
現在は神楽坂に自身の『遊楽スタジオ』にて、朗読と謡を通じて・・・能の「言葉の響き」にふれてもらうイベントなど
も定期的に開催しております。

~今年は独立20周年にあたり、観世喜之先生より特別に御許しを頂き大曲『砧』を手掛けさせていただきます。
  一所懸命精進して参ります。どうぞ宜しくお願いを申し上げます。~

とのことで。
・・・っそかぁ。兄も20年になるのかぁ・・・と。
昨年、『遊楽スタジオ』でiwasakiのイベントをさせていただいたときに「iwasaki結成20周年なんだね!」
と喜んでくれまして・・・。「お互い楽しくも苦しい20年だねぇ・・・」なんて兄と話しましたが。
私より6歳年上の兄、大学時代にお能と運命の出会いをして(笑)寝ても覚めても謡をうなっている姿に・・・
自分の道を自分で切り開こうとする、兄のようになりたいと・・・当時中学生の私は思ったものですが。
もう30年も昔の出来事となってしまいました。

「一乃会」は、兄の研究公演です。
矢来能楽堂での「一乃会」の公演、私も上京できるときには出かけさせていただいております。
その度いつも感じるのは、大学時代のときのままの兄の『お能愛』だったりします。
その一途さに、中学ならぬ中年になってしまった私もまた・・・兄のようになりたいといつも思ってしまいます。
私は相変わらず・・・お能はわかりませんが(笑)。

よろしければ・・・お出かけくださいませ。


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「第14回 一乃会」 

<日時>
 平成25年11月16日(土)午後2時半開始

<場所>
 神楽坂・矢来能楽堂

<番組>
 仕舞「籠太鼓」観世喜之、「梅枝キリ」観世喜正
 能 「 砧 」 シテ:鈴木啓吾、ワキ:福王和幸、アイ:山本東次郎
          笛:松田弘之、小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井広忠
          地頭:観世喜正
 狂言「箕披」 山本東次郎  山本則孝

<チケット発売開始>
 【日 時】平成25年8月12日(月)より
 【席 種】SS席7,000円/S席6,000円/A席5,000円/B席4,500円
       自由席(一般)4,000円/自由席(学生)3,000円
 【方 法】
  1)一乃会
    電話:03-3269-7018(電話対応は、10:00~19:00)
    FAX:03-3269-7018(電話番号と同じ)
    メール:yugaku_studio@yahoo.co.jp
    * FAX・メールでのお申込みの際は、御名前・住所・電話・席種・枚数をお書き添えください。

  2)Confetti(カンフェティ)・観劇ポータルサイト
    【一乃会 予約(PC)】
    ● http://www.confetti-web.com/ticket/ticket.aspx?tid=118336
    【一乃会 予約(携帯用)】
    ● http://cnfti.com/met7483/
    【電話予約】カンフェティチケットセンター
    0120-240-540(受付時間 平日10:00~18:00)
  ・他公演のチケット購入にも使える、共通ポイントがたまります。(購入価格の1%)。
  ・チケットを購入しますと、1枚毎に、途上国の子どもたちに「BCGワクチン1人分」が寄付されます。
  ・ご予約前に、観劇ポータルサイト「カンフェティ」への会員登録(無料)が必要となります。
  ・セブン-イレブンへの発券手数料がかかります。
  ・お電話でのご予約の場合、会員登録は不要。※カンフェティポイントは付きません。
  ・予約有効期間内に、払込票番号をお近くのセブン-イレブンのレジまでお持ち下さい。

  3)矢来能楽堂:電話・FAX・メール
    * 矢来能楽堂は、8/13~8/21の間、夏季休業となります。
by senshoku-iwasaki | 2013-08-29 21:17 | いわさきのつながり
青木間道をモチーフにした新作八寸帯地は、
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アフリカっぽいストライプ。メガサイズの真田紐のようでもあります。
タテ糸は、試験的に太い細いを作った生糸を撚糸していただいたもので・・・。
どう変化するのか織ってみないとまだワカラナイ・・・楽しみな今回初規格でもあります。
今までの青木間道のシリーズは、ヨコ糸はあまり見えず・・・キビソ糸とも呼ばれる、繭から糸をとる際、
糸口を捜すときに出る繊維を集めた緒糸(ちょし)のデコボコを、テクスチャーとして使っておりましたが。
今回は、タッサーナーシという、中国やインドの野生の蚕・タッサー種が一番最初に放った糸の軸のよう
な部分から紡いだ糸。タッサー種の天然の茶色が濃いので、今回のチョット派手(!?)な水色が少し
かき消されて・・・イイ感じにペンキが剥げたような風情をかもし出せそうです。
by senshoku-iwasaki | 2013-08-27 21:37 | 着尺・帯
この秋の新作八寸は、
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以前から作っている青木間道をモチーフにしたシリーズで・・・クニヒサ設計中。
「エツコさん、どう思います?」クニヒサ。
「個人的には、以前あーたが作った、『カモフラカモ』が好きなんだけど。それをアフリカっぽくしたいかな」
「アフリカ、といってもですね~。前回作った『ガーナチョコ』とか?。たとえばどんな?」クニヒサ。
「『ガーナチョコ』、あれも好きだったけど、今回はもっと太い縞でさ、例えばこういう縞な感じ。」
アフリカの染織の本を取り出し・・・。
「あ~。なるほど。言いたいコトはわかりました。」クニヒサ。
「ベースカラーは、今染めて干したんだけど・・・。そうなると、もうちょっと染色しないとダメだなぁ。」
なーんてクニヒサが言い出すものだから、急に外が暗くなり・・・。突如雨が!
どういうわけか、クニヒサが染色を始めるとやってくる雨雲。
でも決まって、山の通り雨。
東京水道局の、『雨降り装置』より効き目があったらイイんだけれど。
糸染めには困る雨だけど、この夏の水不足を考えると・・・まとまって降ってくれると有り難いから。
クニヒサに、もっと糸染め計画進めてもらいましょうか。
by senshoku-iwasaki | 2013-08-23 22:51 | 工程
愛着。
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昨日のこと。
NPO川越きもの散歩の方々が工房にお越しくださいまして。
『NPO川越きもの散歩』のみなさんは、きものを身近な暮らしに取り戻し、次代につなげたい。
埼玉の養蚕農家を見学し、埼玉産の繭を購入、本庄や桐生の織元に依頼する
「顔の見えるきもの作り」を進めています。きものでまちづくり、繭の地産地消、伝統工芸ツアー
なども開催し、活動をされておられる方々です。
今回は埼玉の繭から作られた『いろどり』という生糸をわけていただき・・・iwasakiらしいものを
作らせてもらおう・・・というコトになりました。

昨日も大変暑い中・・・。大変不便な私たちの工房までおいでいただきまして。
私(エツコ)の『規格を変えた、一年中単衣仕様で浴衣のようにお風呂場で洗ってしまう・・・紬』
にたいへーん興味を持っていただきまして。私物のキモノで何度も洗って『とろん』となった(笑)
春夏秋冬の、ユーズド品を触っていただきました。
昨日は、奥のベージュの生紬を着ていたのですが・・・汗をたっぷりかいてしまいまして。
今日洗ってさっぱりさせようと思ったところ・・・。手前のグレーの生紬の袖口にシミが出来ている
コトを発見(トホホ・・・)気をつけてはいても、寒い時期なら割烹着を上から着るけど、夏場は
お勝手仕事などでつい・・・知らぬ間に汚していたりするのも、暮らしのなかのキモノならでは。
そうはいっても、織るのに大変時間のかかるものなので、自分用に下ろすのはホントは勇気が要って。
それを丁寧に仕立てていただいたモノに、シミなんて!・・・と、以前だったら相当ショックでしたが。
眼から鱗といいますか、
以前とある温泉旅館の女将さんに、iwasakiの紬や帯を買っていただいたことがありまして。
そのお方は、創業当初から作家モノの織りのキモノばかりを『夢のある仕事着』としてフツーにばんばん
お召しになって・・・。織のキモノなので(そうは見えなくても)大変高価なモノであっても天ぷらだって
揚げちゃう・・・カッコイイお方。私たちにリクエストも、「淡いお色目の格子とか・・・」とだけ。
「私ね、着るから汚れるでしょ、少しずつ上から染めに出しちゃうの。何十年もそういうサイクルで着る
から今は濃い色目の無地の紬ばかりになってしまってね。せっかくだからスタートは、淡いキレイなお色
から・・・と思ってね。」
ちょうど私たちの母親世代の女将さん。
女将さんの濃い色の紬には、女将さんのこれまでの歴史が刻まれているのだと思いました。
後染めをしても、縞や格子はぼんやりと感じるから・・・それは最初からはゼッタイに出来ない奥行きの
ある無地となるのです。
それは、一生懸命日々を生きた証しのようで、すっかり女将さんに憧れてしまいまして。

私も気がつけば・・・折り返し地点はとっくに過ぎたお年頃。
これからの人生は、手を入れながら・・・シミも皺も自分自身とともに愛着を持って大切にしていこうと。

昨日、川越きもの散歩のみなさんにもお話したのですが。
織のモノの褒め言葉に、『風合いがイイ』という言葉がありますが、iwasaki的には最初に『風合いがイイ』
のはNGだと思って制作しています。
『風合い』は、永く着てゆくうちに出来てゆくもの。言ってみれば、ユーザーが育ててゆくものだと・・・。
ユーズド加工のジーンズは、きっと元々のデニムの品質の良さがあってこそのように。
なんてコトないiwasakiの紬や帯たちが、顔の見える繭から出来る糸を使って・・・
どなたかの、なんてコトのない愛おしい日常を重ねて、『愛着の湧く愛着』になっていってくれるコトを願って。
by senshoku-iwasaki | 2013-08-20 22:34 | 骨子・背景
夏休み真っ最中。
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お盆前の12日・・・。
「かぁちゃん、今から何を自由研究したらイイかなぁ?」・・・毎年ながら学習能力の無い小5息子。
「・・・!今から『研究』なんて、チョットいかんせん遅いでしょーが・・・。なんのテーマも無いんでしょ?」私。
「うーん・・。仕方ないっ!じゃ、読書感想文のほうにするか!」・・・仕方ないって、何なんだ!?息子。
「本は、もう読んであるの?」私。
「・・あ、いやぁ・・・あるといえばあるけどぉ・・・。藤子F不二雄先生の、マンガ伝記とか・・・。」おいおい・・。息子。
「マンガ伝記で感想文って・・・あーた、逆に腕がいるんじゃないの?なんか、図書館で他の本探したら?」
んで、図書館で薦められたというのが・・・この『有松の庄九郎』という本だそうで。課題図書でもあるらしい・・。
「おぉっ!有松絞りの話かい?ブルーハンズだねぇ・・・面白そうじゃん!」私。
仕事場でエアコンいれてるものだから、何故か暑苦しいのに私の機の横で読み始めること2時間ほど・・・。
「おし!終わった!」要らないプリントの裏に、きったない字だけど(笑)どうやら箇条書きで要点を書き出し・・。
学習能力は無いけれど、感想文の書き方はもう分かっているのね~。アタシの出番も少なそうだわね~。
「・・・・って、それにしても読むの早くない?わかったの?」私。
「読んだよ~。庄九郎って人がね、松しか無い、やせた土地で・・・苦労を重ねて
何も無いところから『有松絞り』っていう産業を仲間と一緒に作り上げたっていう話だったよ。」息子。
「へぇ~っ!イイ話じゃん。大師匠の『郡上紬』のお話みたい!!」私。
にしても。息子、去年はJAの作文を書いて。
どうしたものか・・JAから図書カードをもらったものの、あっという間に『少年ジャンプ』代と消え・・・。
マンガ読むのもやたら早い息子。せっかくの図書カードなんだから、なんかもうチョット違うタイプの本にすりゃイイ
のに・・・とも思ったりもするものの。じゃ、何って聞かれたらゼッタイ答えられない私。(オヨヨ・・)
「いやいや、エツコさん、私はマンガ派ではなかったですけど。
今や・・ジャンプにはいろんな才能が詰まってますから・・・。
文化芸術宗教・・・私の時代でいうなら、プロレスのようなものですかねぇ~・・・」クニヒサ。えーそーなん?
「まぁ・・かぁちゃん、イイ本は図書館で借りるから。」息子。それもアリですやね・・・。
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藍とか絞りとか・・・それにしてもピンとこない様子なので・・・。
「自由工作は、藍の絞り染めTシャツでも作るか?」クニヒサ。
「やってみる~!これで宿題終わるっ!!」息子&娘。
「庄九郎の時代はね、蓼藍ですくもっていうものをつくってから、それを発酵建てっていう方法しか無かったから、
藍を染めるのは難しくてね。勘や経験がいっぱい必要だったんだけど、コレは蓼藍よりも藍の成分が多いインド藍を
化学建てして染める方法で・・・。」クニヒサ。
「・・・・とうちゃん、ゴメン。なんかちょっと・・・。」息子。
「・・・臭い。」娘。
藍の匂いではあるんだが・・・。キミたちにはまだチョット・・・早かったかなぁ。
by senshoku-iwasaki | 2013-08-16 20:53 | 岩崎のある日
出来上がった八寸帯二種。
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5月の三渓園での『日本の夏じたく』展に出品した・・・日本刺繍の飯島桃子さんとのコラボ帯。
そのときにご注文いただきました、Nさまの帯がようやく出来上がりました。
パステル系のお色がお好き・・・とお伺いしたので、
亜麻と苧麻と絹の八寸帯地のほうにも爽やかなブルーと、天蚕の黄色を。
それに合わせるように・・・飯島さんの葉っぱがブルーからグリーンに絶妙にグラデーションしています。
Nさまに、気に入っていただけることを希いながら・・・明日お送りする予定です。
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昨年からご注文いただいていた・・・Mさまの八寸。
赤城の節糸を使った、緯吉野のシリーズに、タテ糸に赤系や青系の淡い色をイロイロ散らしていまして。
ヨコは白系で・・・と、Mさまと最終的に6月にお話が決まりました。
ご注文で作らせていただくときは、いつも緊張します。
まったく何も無いところからのオーダーではなく・・・
iwasakiのサンプルの中から色使いや、糸使いを変えたりするオーダーとなりますが、それでも緊張します。
それに掛かっているときはずっと・・・ご依頼主さまのイメージやご本人のことを考えながらの制作です。
こうして・・・少しずつではありますが、ご注文のお仕事が受けられるコトは本当に幸せなコトだと思っております。
by senshoku-iwasaki | 2013-08-12 22:03 | 着尺・帯
猛暑のある日。
「あぁっ!!しまったっ!どうしようエツコさん、間違えた!!」地紋のある無地を織っていたクニヒサ。
自分も間違えないように・・・キリのイイところまで織ってから・・・。
「この円の中心がココだったんだけどさ、気がついたらずれてたんだよね・・・。」クニヒサ。
「どんくらい前で間違えた?」こーゆーときはなるべく落ち着き払った様子を作って(!?)私。
「・・・一尺三寸以上前なんだ。」クニヒサ。・・・そりゃ、大ゴトだわ。私なら泣く・・。
「今、織り始めてどんくらい?」私。
「ちょうど五尺で間違えてる・・・。うわぁ・・・なんてこった、気をつけていたのになぁ・・・。」クニヒサ。
たぶん・・・織物をやっている人なら、聞くまでも無く『間違えたらほどく』しか道は考えていないのはみんな同じ。
クニヒサだって、ほどくしか無いコトを分かりきっていて声をかけているのは、この不運なキモチを共有したいだけ
なので・・・。「う~ん・・・。わざと変えたにするにも、五尺じゃあまりにも大きいかぁ・・・。」私。一応言ってみたり。
編み物のように、つる~っとほどけるならイイのだけれど。
織るのも時間かかるけど、ほどくのはその数倍時間が要って。それもタテ糸がツルツルの生糸ならまだしも。
クニヒサの掛かっているのは、厄介なコトに(!?)デコボコの節糸が混ざっているので尚、ほどき難いタイプ。
もしこれが自分だったら、絶望的なるコト間違いなしな状況・・・。
「二日はかかるなぁ・・・。何してんだか、全く。」落ち込み感マックスのクニヒサ。
生地幅を一定に確保するための『伸子(しんし)』を張りながら織っているので、意外と織り手前が見落としがち。
先週は横浜から甥っ子が遊びにきたり、地域の子ども会のBBQがあったりと・・・。なんかすっかり『夏休み』
なところにもってきて、連日の猛暑・・・。
今週お盆中は、我が家の子供等の児童館もお休み。あわわ・・・。
でもさすが、44歳!オトナなクニヒサ。夜間と昨日は(私はクッタクッタ・笑)のBBQから帰ってきてからも・・・。
穏やかにほどき・・・。三日前に戻りまして。今日は一日仕事かと思いきや・・・。
昨日、子ども会でのマス釣りで釣れなかったコトを悔やんでいた息子たちのために・・・
なんと!午後から静岡の釣堀へ・・・。私はもちろん、クーラー入れて仕事をしてましたが(笑)。
織りは人を成長させます・・・。たぶん。
by senshoku-iwasaki | 2013-08-11 22:15 | 岩崎のある日
新作の無地紬は、地紋シリーズ。
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組織の入った織物は、凹凸ができるコトで生まれる・・・光や影が、平織りのときとは違います。
タテとヨコの色を変えるとより、玉虫感(!?)が面白くなります。写真の色だとよくわからないのだけれど・・・。
タテはチョコレート色。ヨコはミントグリーン。チョコミント着尺です。
四角の大小で丸く見せる伝統的な織りの技法ですが、iwasakiでは初の試みです。
綾織りの着尺のときもそうでしたが。こういう規格の場合に、ヨコに生糸を入れると・・・
ツルツルピカピカの見るからに高級織物!!といった風情になります。
でも、つむぎ糸を使うコトで少しだけマットな感じとなり・・・
また、まわたのつむぎ糸は、太さが不均一のために見え方が複雑となり・・・
私たちは好きな表情なのですが。これからは、このシリーズにつむぎ糸だけではなく『光沢が魅力』といった
今までiwasakiであまり取り掛からなかったようなモノが出来てもイイなぁ・・・と思っているところです。
この新シリーズ、今日からクニヒサが織り始めています。
私はまだ・・・綾織りの紬を織っておりまして。
6月から3反目の綾織り紬、みんな違うのだけどなんとなく似ているので・・・
ずっと景色の変わらない、国道52号線を走っている気分(笑)。私が織っているのは、杉綾ですから
杉ヒノキのここいらの山のようですが。クニヒサのほうは、ポワーンポワーンと・・・風船に乗って天まで?
プクプク・・・とあぶくになって海の中へ?
この丸のサイズも、カラーもこれから・・・イロイロ作ってみたいと思っております!
by senshoku-iwasaki | 2013-08-05 21:55 | 着尺・帯
ルーツを辿る珍道中。最終回
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「え~っと・・・。ココじゃなかった・・う~ん・・・どこだったけ!?あんた覚えてない?」母。
「ヒェ~ッ!!あたしに振られてもねぇ~30年振りだって!あーたこそ、3年前来たんでしょーよ?」私。
「来た!・・・でも忘れた(笑)。なんか裏に木があったのよ。んで、ちょっと高いところで・・・。」母。
「あっ!!あそこじゃない?なんだか突然にアタシ、思い出したわよ~っ!!」私。
そうそう。30年前、祖母はココで急に号泣したんだっけ・・・。あのとき祖母はたしか今の母と同じ80歳だったはず・・。
祖父母のお墓は、草木に覆われて荒れ放題。
「そうだった、墓守をお願いしている・・・小母さんが高齢で出られなくなったって聞いてたんだった・・・。」母。
「そっかぁ~。そりゃそーよねぇ。アタシが44歳なんだから!鎌に鋸持ってくるんだったわ・・失敗したね~仕方ない、
素手でいきますか!チビッコ部隊も出動~っ!!」私。
5人それぞれ・・・生い茂る草や木の枝を払うこと30分ほど・・・。お寺さんに居たときは、雷まで鳴って大雨だったのに
ちょうどお経が終わった頃に止んだ雨。暑さと湿気で娘は、やぶ蚊の猛攻撃にあい・・・
「なんでしょーこだけぇ~?にぃちゃんのほうがお肉あるのにぃ~」娘。
やぶ蚊も少しでもフレッシュなほうが良いようで・・・。どうにかお墓まわりも片付いて劇的ビフョーアフターに。
考えてみたら、祖母だって千葉に住んでいたわけだし。戦前に住んでいた家は、空襲で全て失ったわけで帰る処は
九州にはなかったわけで。早くに亡くなった祖父のことも、この暑さも、この湿気も何もかも懐かしかったんだろうなぁ・・・
私も全然会ったことも無いけれど、九州に孫もいるとは思うけど・・・三代遡って父方、母方・・・なんて、密接な関係が
なきゃムリだろうなぁ。そう思うと・・・一子相伝で脈々とご先祖様と繋がっている、小鹿田焼はホントにスゴイなぁ。
「~♪未来と言った瞬間に全ては過去だ、本当に~♪」私。
「おっ!かぁちゃんの好きな剣さん(CKB)だね。~♪だったら今を大切に、そしたらあすは明るい日~♪」息子。
「しかしアレだね。6月にお参りした岩崎の曾おじいちゃんは、マジメで実直で大正から昭和の不安な時代にも子供の夢
を扱うおもちゃ問屋を目指して叶えて・・・。同じ頃、こっちの曾おじいちゃんと曾おばあちゃんは親と断絶して駆け落ちし
て(笑)。行き当たりばったりで出たとこ勝負で・・・どうも様子はだいぶ違うね~。」私。
「行き当たりばったりは、かぁつんみたいだね(笑)」娘。
「おれもそう思った~!」息子。
「そーなのよ。あんたたちのお母さん、子供の頃から爺さんと婆さんに似てると思って心配してたんだわ。でも、おとーさ
んがちゃんとしてるから安心だね。」母。
「たしかにそーかも。今度は、おとーさんのお父さん、京都の曾おじいちゃんのほうに東京ばぁばと行こう!!」私。
「東京ばぁばも一緒なら、京都でもごちそう喰えるっ!!」息子。
「・・・そっちはどんなお祖父さんとお祖母さんだったか知りませんよ。・・・っていうか、やっぱりまた私が企画実行係り
ってコトですかね・・・?」クニヒサ。

この日は島原から平戸に向かって・・・平戸の先端、静かな『田ノ浦温泉』に泊まって翌日・・・。
以前、平戸観光のガイドをしてくれたのがご縁で、すっかり母とお友達になった『トムラさん』に平戸をご案内してもらい
楽しいひとときを過ごして終了した旅でした。
敬謙なクリスチャンでもある『トムラさん』がまさにそうでしたが、不思議なご縁で不思議に広がる不思議な出会いだらけ
の仕合せなiwasaki。『トムラさん』のように感謝の気持ちを忘れずに大切に日々を過ごしたいと心から思いました。

チビッコたちには宿題が、私たちには仕事が山積みとなっております。有難き幸せ・・・と励んではおりますが(汗)。
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by senshoku-iwasaki | 2013-08-03 22:12 | 岩崎のある日
ルーツを辿る珍道中。その4
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「植木あたり・・・木葉(このは)に女学校があってね。下駄を滅多に買ってもらえないから裸足で歩いてね。学校近くにな
ってから足洗って下駄履いて通ったの。」母。
「えぇ~っ!?足怪我しないの?」息子。
「したした~。でも、下駄が割れたりしたら・・学校に裸足では行けないじゃん。」母。
「雨でも?」娘。
「雨はね、傘が無かったから休まなきゃなんなかった。」母。
「いいなぁ~。休みなんて!」息子。
「ちっとも良くないよ~。最初から女学校に行かせるお金が無いって親から言われてたんだもん。早く止めろって、結局
戦争が激しくなって退学させられたんだよぅ。」母。
「ばぁばは、学校行きたかった?」娘。
「すごーく行きたかった!本当はね女学校は卒業して、看護婦さんか学校の先生になりたかったんだ、婆婆は。だけど
なってたら、千葉のじぃじと出会わなかったろうし・・・あんたたちとこうして旅行なんて出来なかったから、退学させられ
てヨカッタってことかもね~(笑)」母。
「しょーこは勉強はキライだけど、学校は好き!」娘。
「じゃ、たっぷり学校楽しみなさーい(笑)」母。
こんな会話をしながら・・・母のリクエストの田原坂へ。
「・・・田原坂、といいますと・・・・?」私。
「へっ!?あーた、日本史で習ったでしょ!?」母。
「うーん・・・。『越すに越されぬ田原坂・・・』なんかうっすら・・・?あれあれ!?なんだったけなぁ・・・?」私。
「あーあ、あーたたちのお母さんも困ったもんだわね~(笑)学校行ったハズなのにねぇ・・。」母。
田原坂資料館で、子供たちと一緒にわかりやすいビデオも見せてもらって・・・小学生レベルで納得の私(笑)。

熊本からフェリーで長崎・島原へ。
我が家の子供たち、今回初体験の乗り物その1のフェリー。
デッキに出て、恐々海を眺めてみたり、売店で友達のお土産に、『くまもん』グッズを買ってみたかと思ったら・・・
息子はいつの間にかドーナツに牛乳まで持ってる(笑)。「何喰っても旨いんだわ~」息子。お前もか。
息子がドーナツ食べてる間に島原に着くと、海沿いをずーっと南下して・・・島原の先端!?千葉なら千倉みたいな(笑)
白浜海岸で子供たちお待ちかねの磯遊び。
翌日はいよいよ・・・今回の旅のメインイベント、祖母の法要です。             つづく・・・。
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by senshoku-iwasaki | 2013-08-02 22:44 | 岩崎のある日